国内旅行記の前に

スピリチュアルな世界で言われることは、
自分で生れる場所を決めて生を受けるそうですが、
私が生れた場所は、日本で一番人口が少ない県です。
ここで、何の役割を持って生れたのだろうと考える事があります。
年頃になってお見合いで関西へ移住する事になったのが、
私にとって歓喜でした。故郷は懐かしいものですが、
この年になっても住まいを戻そうとは思わないのです。

1986年から2014年まで28回の海外旅行をしてきました。
その下地には関西を拠点とした日本の各地を見て回った経験が、
旅への好奇心となって私を突き動かしていました。

その原点の国内旅行の記録を暫くとどめて行きたいと思います。

結婚後一女一男を授かり育児に専念していた或る日、
営業の仕事に誘われました。下の男の子が小一の秋でしたが、
担任の先生に母親が仕事をしても良いものか相談に行きました。
「どうぞお母さん、仕事に行って下さい。今のままではお子さんが
盆栽になります。」その時代は女性が働くと言う事に些か
抵抗のあった頃です。先生のお言葉に私の境地が定まった様です。

某大手生保の営業を始めてからの人生は、旅の原点そのものです。
顧客を稼ぐには足を運ぶのが最善の方法だと身体が指示してるように
難なく出歩くのが喜びでした。郷土弁で:出べすけ:

やはり記録写真は1986年から始めます。